ポルチーニの管孔をふさぐ菌糸の正体(顕微鏡観察は重要)
最近、中国のYang先生のチームが狭義のヤマドリタケ属に関する論文を発表しました(Cui et al. 2015)。中国産の種15が系統解析とともに記載され、その内7種が新種という内容です。日本でヤマドリタケモドキとよばれているイグチの1型も記載されています。なぜそうだと分かるのかというと公開されたDNAデータを集めて解析することで、遠くはなれた中国と日本の種を比較することができるからです。
最近、中国の系統解析に関する研究は目覚ましいものがあり、つぎつぎと論文が発表されています。その度に、自分が新種候補として温存している種が、先を越されて記載されてしまうのではないかと内心ヒヤヒヤしています。が、先行研究が充実することは喜ばしいことであり、今後の研究がやりやすくなるという面もあります。今の所、日本と中国には全く同じ共通種が存在する一方、見た目がそっくりでもちょっとだけ系統が異なるものも多数あるということが分かっています。
で、Cui et al. (2015)ですが、読みすすめていくと首を傾げたくなる記述がありました。それは「What is the "stuffed pores" of porcini?―Evidence from molecular data」と見出しがつけられた文章で、DNAデータを根拠にポルチーニの管孔をふさぐ菌糸の正体を論じた内容です。
どういうことなのかざっくり要旨をまとめると以下のようになります。
- これまでに、管孔をふさぐ菌糸がどういうものなのかほとんど何もわかっていない。
- Sittaet al. (2007) 、 Sitta and Davoli (2012)において、ヒポミケス(いわゆるタケリタケ)に感染されたものではないかという仮説が示された。
- 管孔をふさぐ菌糸と子実体本体のDNAを比較し、上記仮説が誤りであることを示した。
- 発生学的研究によって、管孔をふさぐ菌糸の性質が明らかにされるだろう。
なるほど、もっともらしいことが書いてあるように見えます。
まず、引用されているSitta and Davoli (2012)ですが、これは分類学の論文ではなく、きのこを食物として扱った論文で、きのこを食用とするにあたっての有害な要因(放射能、重金属、ニコチンと農薬残基、双翅類幼虫と他の「寄生虫」の存在)などについて論じたものです。どうやらBoletusの専門家ではなさそうです。該当部分を要約すると以下のような感じです。
- ポルチーニの幼菌は常にヒポミケスに感染され、通常、管孔をふさぐ菌糸として見られる。
- ヒポミケスに感染されたポルチーニが有毒であるとは考えづらいが、感染の度合いが顕著な場合は食用に適さないので流通させてはならない。
- Hypomyces chrysospermus には溶血性の有毒物質があり高温でも失活しない。
- ヒポミケスに感染されたポルチーニの毒性をさらに調査する必要がある。
上記の2.から4.は当然妥当な内容だと思います。1.で「管孔をふさぐ菌糸はヒポミケス」と考えているということは「ポルチーニは常にヒポミケスに感染されているので注意が必要」と読めなくもないです。とりあえずそれはおいといて、不思議なのは、なぜ「管孔をふさぐ菌糸はヒポミケス」と考えるに至ったのかということです。
確かに肉眼的にそう見えなくもないですし、実際に侵されている子実体も見かけますが、一度でもきちんと顕微鏡観察をしたことがあれば、そのような見当違いな発想に至らなかったでしょう。いわゆる「管孔をふさぐ菌糸」は密集した「縁シスチジア」で間違いありません。Boletusの顕微鏡的所見を把握している専門家なら無視するレベルの言説ではないでしょうか。
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Fig.1
ムラサキヤマドリタケの管孔縦断面
孔口をふさぐ菌糸は縁シスチジア
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Fig.2
ムラサキヤマドリタケの管孔縦断面,
実質菌糸と縁シスチジアが明らかに繋がっている
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Fig.3
ムラサキヤマドリタケの管孔縦断面, 画像左上が
縁シスチジアで右下が実質菌糸
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Cui et al. (2015)では「管孔をふさぐ菌糸はヒポミケス」という仮説を引っ張り出して引用し「管孔をふさぐ菌糸ときのこ本体のDNAが一致した。ゆえにSitta and Davoli の仮説は却下」と書いたわけですが、結果的に「髪の毛と皮膚のDNAが一致した。ゆえに髪の毛は人間に取り付いた菌ではない」というのと同じようなことをやってしまったといえます。
ひょっとしたら「すべてのポルチーニはヒポミケスに感染されているので買ってはいけない」といったような流言を打ち消すため、という狙いがあってDNAのみを調べたのかもしれませんが‥。
いずれにしても「管孔をふさぐ菌糸は縁シスチジア」という結論が示されていない以上「詳細な顕微鏡観察を行っていない論文」とみられても仕方がないでしょう。
一方、形態を重視しているヨーロッパの研究者の論文があります。Sutara (2014) では、孔口部分の肉眼的、顕微鏡的な形態の詳細について論じ、ヤマドリタケの管孔縦断面の精密な図版を描き、その上で管孔をふさぐ菌糸は縁シスチジアであるとしています(Fig.4)。供試標本の数も半端でなく、その記述だけで4ページに及び、全8種73標本、その内ヤマドリタケBoletus edulis だけで32標本となっています。素晴らしい仕事だと思います。
Cui氏は「管孔をふさぐ菌糸」について論じるのであれば、Sutara (2014) を引用し、自ら観察した顕微鏡写真、図版を掲載し「管孔をふさぐ菌糸はヒポミケス」という仮説は誤りであるとした上で念のためにDNAも調べた、という流れにすればよかったんじゃないかなと。でもまあ、DNAを調べる必要はないと思いますが‥。
ちなみに国内でも「孔口は白色の菌糸に覆われる」という表現が一般的になっていますが、これもまた「詳細な顕微鏡観察がなされていなかった」ということを暗示しています。
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Fig.4
ヤマドリタケの管孔縦断面図, Sutara (2014)より引用
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Fig.5
ヤマドリタケモドキ(広義)の管孔縦断面, 孔口をふさぐ菌糸は
縁シスチジア
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Fig.6
ヤマドリタケの管孔縦断面, 孔口をふさぐ菌糸は
縁シスチジア
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Fig.7
ススケヤマドリタケの管孔縦断面, 孔口をふさぐ菌糸は
縁シスチジア
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Fig.8
ススケヤマドリタケの管孔縦断面, 実質菌糸と縁シスチジアが明らかに繋がっている
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Fig.9
ススケヤマドリタケの管孔縦断面, 実質菌糸と縁シスチジアが明らかに繋がっている
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引用文献
Cui YY Feng B, Wu G, Xu J, Yang ZL, 2015. Porcini mushrooms (Boletus sect. Boletus ) from China. Fungal Diversity, In press.
Sitta N, Davoli P (2012) Edible ectomycorrhizal mushrooms: international markets and regulations. Edible ectomycorrhizal mushrooms. Springer, Berlin, pp 355-380
Sutara, 2014. Anatomical structure of pores in European species of genera Boletus s.str. and Butyriboletus (Boletaceae).CZECH MYCOLOGY 66(2): 157-170.
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